30

2年ぶりのブログ。時代の変化と共にmixiもTwitterもしなくなり、Facebookをのぞく程度。

ただ、10年前にはほぼ浸透していなかった「ソーシャル」という言葉が当たり前になった。

簡単にWEBへ投稿することが出来るようになった時代に、このブログも日常的に書く事がなくなった。

本日30歳を迎え、「20代色々あったな」とブログで振り返っていたが久々に綴っておく。

大学を卒業したらとりあえず東京に出る!と上京してきてから8年。

あの時は「30歳になったら山形へ帰る。その為の勉強の為の20代だ」と意気込んでいた。

グラフィックが出来たら良いと広告代理店の「紙」の業界へ入ったはずが、配属をされたのは「WEB」。

当時、まだフリーペーパーもたくさんあったし、携帯なんて折りたたみ。ガラケでQRを読み込むのが最先端の時代。

AIの知識しかないが、やることはFLASH、HTML、PHP、SQL…

自分何やってんだろう、なにしに東京きたんだろう…

と社会を知らない若者は良い教育をされていることにも気づかずに1年足らずで退職届を出すのであった。

あの時の上司が今の自分の年齢。今、自分がその年齢、その立場になってようやく分かったこともある。

今思うと社会人1年目のあの時にやったことは無駄じゃなかった。

居酒屋で本気で止めてくれてくれた上司に感謝である。

上京2年目の2008年。

春に退職をした若者は夏に再就職をするのだが、その間に2~3ヶ月のフリーの期間があった。

そこで、とにかく色んな人との出会いがあった。

そこで初めてフリーの仕事を任される。

20代が大きく変わったキッカケだった。

東京の凄さを感じた。

今思うと作品としては恥ずかしいクオリティだが、あの時にしか出来ないモノというのがあるんだろうと思う。

西新宿の広告代理店への就職を決め、距離的なところで足立区から中野区へ引っ越しする。

デザイナーではあったがスーツで仕事をしていた。ネクタイを締める朝が嫌いだった。

中学校の卒業文集に「ネクタイをして仕事をするなんて嫌だ」とかワケの分からないことを書いていたほどだ。

ただ、ライフアンドワークという制度を取り入れている会社で週休3日だった。

とにかくその3日を使ってモノづくりに没頭できることでネクタイをも受け入れられた。

今、もしその時の自分に会えるのならば

「甘いこと言ってんじゃねぇよ」 とネクタイをせずにしかるだろう。

そんなライフアンドワーク生活が2年ほど続いた2010年。

勤めていた会社が倒産した。

風評被害の恐ろしさを知る。

優秀な人が倒産前に凄い勢いで会社を去っていったのはそのせいだろう。

もちろん倒産のお知らせがあるまでそんなことを察することはできず、給与未払いが5ヶ月続いていた(気づけ)

今では笑い話だが、5ヶ月も給料が出ないとこれはこれは厳しい。

家賃も2ヶ月滞納していて全財産が底をつきた。

家にあった3000円の商品券を金券ショップで換金して99円のそーめんを1食3分割にして1ヶ月過ごす。

全然苦しい思い出ではなかったのは仲間に恵まれていたからだと思う。今思っても本当に感謝しかない。

そこからフリーランスの時期が始まる。

あの深夜に自分と戦う感じが好きだった。

普通に会社に勤めていては出来ない経験をたくさんさせてもらえた。

同じくらい失敗もあったが、たくさんの繋がりが出来て、色んな場所へも行けた。

色々あったけど、フリーの時期があってよかった。

20代半ばのこの2年半は確実に今活きていると思う。

2011年、30歳まで残り3年となった。

1人でやっていると、ふと

「コレが正しいのか」「もっと出来るんではないか」

これが来る。

現場で教えてくれる人を求めるようになる。

残りの3年は現場で勉強をしたい。「会社」を勉強したい。

27歳、東京ラストの職場と覚悟して就職の決断をする。

27歳の時、お世話になった人に相談したときに言われたことがある。

「27歳あたりは悩み続けるよ」と。

若さゆえの行動力があるが、年を重ねるごとに将来への不安や責任でどうしても行動が慎重になりがちである、と。

会社に入ってからのこの3年間は本当に一瞬だったが、フリーでは経験できないことたくさんさせてもらっている。

日々勉強である。

フリーはフリーの良さがあり、社会人は社会人の良さがある。

3年やってみて、今1番感じているのこと

フリーと会社の大きな違いは「会社は人である」ということ。

教わる立場から教える立場になり、立場が変わるとまた教わることがたくさんある。

どこでもそうだが、常に業界の流れを先読みし学び続けていくことが大事。

そして「人」と団結していかなければならない。

コレが結構大変。

自責に加え他責が絡んできたりする。

「人」は「自分」じゃないからである。

でも、そこに面白みを感じ

上京時に思っていた「地元へ帰る選択」は「こっちに残る選択」へと変わった。

勉強させてもらった20代があるからこそ今の自分がある。

よくわからない内容になってしまった…

自分への決意として残しておくことにする。

きっと、この決断が良かったと思える30代にしていく!

そして30代は親孝行をする!

数年後、この決意を見て

「甘いこと言ってんなぁ」 と成長を実感できるようにする。

そして、その姿がネクタイをしめた姿じゃないよう 切に願う。